当園について

沿革

1900年黒田長一誕生。
1918年秋田屋本店へ蜂の勉強をするために就職(修行)。 秋田屋本店で努力を認められ従業員・蜂を連れ北海道へ行く。
1920年独立し現在の栃木県鹿沼市にて蜂を飼育し始める。しかし生き物を飼うというのは難しく何度か全滅させてしまう。その度にあきらめろと言われるが本当に蜂が好きで諦めずその度に秋田屋本店に蜂を譲ってもらい蜂を飼育し続ける。その間5年以上秋田屋に足を運び続け養蜂について勉強し続ける。
1924年2代目一雄誕生。試行錯誤しながら蜂を飼育する。
1928年戦争が始まる。
1943年黒田長一が栃木県養蜂組合組合長に就任。(約10年間務める)
1944年日本造機(現 GM市原)に蜂を150群ほど売る。 この頃はトラックを持っていて自由に使えるのはここくらいで運んでもらうため。自分の群も50群ほどあった。
売った蜂の管理を請け負い養蜂を行う。
1945年終戦8月15日
1946年売った蜂を返され200群以上の群で採集。 県外(伊豆)で越冬するため汽車で200群以上を運ぶ。この頃もトラックはなく移動は主に汽車などであった。主に卸が中心で浅草の問屋へおろしていた。近県・福島・茨城・埼玉などでも採蜜もしていた。菜の花・レンゲなどが中心。
この頃は二代目一雄の兄弟も移動の時期や、採蜜の時期は協力していただいていた。
1950年創業者 長一は心臓に持病があり、血圧が引くかった。 その為、ローヤルゼリーを飲み始めたところ、体調が良くなってきた。
他の方にもそうなってもらいたいという一心でローヤルゼリーの生産・販売を開始。
1953年三代目雄一誕生 徐々に当園の蜂場(県外)近くの住宅開発等があり、県外の蜂場でははちみつの採集量が減少してきたため、栃木県内の蜂場を増やしていく。
ミツバチが受粉することにより大きなイチゴができるのがわかり、イチゴ農家さんにミツバチを貸し出しを開始。
1980年頃二代目一雄が養蜂の研修旅行に台湾に行った際、プロポリスを教えていただく。そしてもともとあまり胃腸が強くなかったが、プロポリスを飲み始めたところ調子がよくなってきた。友人関係を中心に色々な方にサンプルを配布し、飲んでもらい感想をきくと多くの方からの良い返事をいただいた。
1990年プロポリスの本格販売開始。通信販売(電話による)を開始。
1994年法人化 有限会社黒田養蜂園とする。
1985年四代目和宏誕生
2004年店舗新築
2006年HPを開設
2010年HPをリニューアル・HPによる通信販売を本格化
現在に至る。
  • ハニージャー(丸)
  • ハニージャー(丸)
  • ¥1,300
  • かわいくて使いやすい丸型のハニージャーです。 垂れにくいので、容器が汚れずにご使用頂けます。
  • Honey Bee新聞
  • 2010年1月号
  • 絵・文・編集:くろだようこ
  • まちの駅新聞
  • 第17号 8月発行
  • 絵・文・編集 くろだようこ